山上徹也容疑者の真実。『統一教会』と自民党の闇。

安倍晋三元首相を銃撃した犯人の母親が信仰しているとされ、多額の献金をし破産にまで追い込んだと言われている宗教団体の『統一教会』。

『統一教会』とは一体どんな宗教団体なのか。

また安倍晋三元首相と自民党とのつながりは何なのか。

今回はそれらについて徹底調査してみたいと思います。

目次

山上徹也容疑者の主張

山上徹也容疑者の動機

引用:https://news.yahoo.co.jp/articles/1898cb683afd30156fa962b20d9a4266456dc0cf

山上徹也容疑者は、凶行の動機をこう供述している。

母親が宗教団体に多額の献金をして破産した。家庭を崩壊させた団体を恨んでいた。

山上徹也 https://news.yahoo.co.jp/articles/1898cb683afd30156fa962b20d9a4266456dc0cf

捜査関係者によると、山上徹也容疑者自宅マンションから押収されたノートには、母親が入信する宗教団体『統一教会』への恨みが記述されていたという。

また「家庭を壊した団体を日本に招いたのが岸氏(岸信介元首相:安倍元首相の祖父)。その孫の安倍元首相が国内に広めたと思い込んで狙った」とも話している。

岸信介とは?

引用:https://www.kantei.go.jp/jp/rekidainaikaku/057.html
プロフィール
  • 生年月日:明治29年11月13日
  • 出身地:山口県
  • 就任時年齢:64歳
  • 在職期間:昭和33年6月12日~昭和35年7月19日
  • 在職日数:769日
  • 通算在職日数:1,241日

『統一教会』の教祖である文鮮明との関係は、文鮮明が1968年(昭和43年)の1月に韓国に本部を持って発足した世界反共連合を同年4月に日本支部が設立した際、岸信介氏がこれに加わった。そして文鮮明との交友は晩年まで続いたとされている。

また岸信介氏は「昭和の妖怪」と呼ばれるほど、数々の出来事に主体的に関わっている人物である。

岸信介の略歴
  • 1920年:東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業
  • 1936年:農商務官僚となり、その後満州国国務院実業部総務司長に就任
  • 1941年:東條内閣に商工大臣として入閣し、太平洋戦争の物資動員の全てを担当
  • 1942年:第21回衆議院議員総選挙で当選
  • 1945年:日本を占領下に置いた連合国軍からA級戦犯被疑者として9月15日に逮捕
  • 1957年:第56代内閣総理大臣就任(1958年に衆議院解散)
  • 1958年:第二次岸内閣発足
  • 1960年:岸内閣は総辞職
岸信介の逸話
  • 満州時代には料亭で酒や芸者遊びにも通じ、軍部やアヘン業者とも付き合える豪胆さ
  • 三島由紀夫に「自分の政治的信条を素朴に信じることのできない性格」をもって「小さな小さなニヒリスト」と評される
  • 正力松太郎などとともにアメリカ中央情報局(CIA)から膨大な資金提供を受けていた

山上徹也容疑者の重なった憎しみ

引用:https://www.dailyshincho.jp/article/2022/07131132/?all=1

山上徹也容疑者は、元々は裕福な家庭に生まれ、県内でも有数の進学校に進学したが在学中はあまり他人と接しておらず、他方成績は常にトップクラス。

しかし高校卒業時、就職氷河期であったことと家庭の事情から大学進学を諦め2002年から約3年間、任期制自衛官として海上自衛隊へ入隊した

任期後は、独学で「宅建」と「ファイナンシャルプランナー2級」を取得するほどの努力家であった。

しかし山上徹也容疑者は、母親の熱心な宗教活動を見守りつつ、非正規社員として職を転々としていた。

そのような中、第二次安倍内閣が発足し「アベノミクス」により、正規雇用と非正規雇用、富裕層と貧困層などの格差を拡大されていくのを目の当たりにする。

裕福だった幼少期から、父の死、祖父を亡くし、母親の入信。母親は『統一教会』に1億5千万円以上献金し、それでも献金を求められ最終的には破産宣告をしたとされている。

孤独と貧困と閉塞感の中、山上徹也容疑者はこの格差社会の世の中を生き抜いてきた。

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