2021年5月6日、ソフトバンクがプレスリリースにおいて、楽天モバイルとその元社員のネットワーク設計者に対し、10億円の損害賠償を求めて提訴したことを報じています。
しかし、現時点でもソフトバンクの思惑どおりには進んでいません。
今回は、この事件の一連の流れについて考察してみたいと思います。
ソフトバンク・楽天モバイルと楽天モバイル元社員を提訴

このソフトバンクのプレスリリースは、発表当初非常に大きな波紋を呼んだ。
それは請求額が巨額であることに加え、ソフトバンクが楽天に対して「1000億円規模の損害賠償請求権」を主張し、さらには裁判の結果如何によっては、請求額を積み増すという宣告をしたからである。
ソフトバンクのプレスリリース
ソフトバンク株式会社(以下「当社」)は本日、楽天モバイル株式会社(以下「楽天モバイル」)および楽天モバイル元社員に対し、同社員が当社を退職時に当社から持ち出した営業秘密の利用停止および廃棄等、ならびに約1,000億円の損害賠償請求権の一部として10億円の支払い等を求める民事訴訟を東京地方裁判所へ提起しましたのでお知らせします。なお、請求額については、今後の審理の状況に応じて拡張することがあります。
この訴訟提起に先立ち、当社は、東京地方裁判所に対して、2020年11月27日付で、楽天モバイルに対する証拠保全申立てを行い、同年12月10日付で同社に対する楽天モバイル元社員が当社から持ち出した営業秘密の利用停止などを求める仮処分命令申立てを行っています。また、当社は、同裁判所に対して、2021年1月15日付で、楽天モバイル元社員の資産を対象として仮差押命令申立てを行い、同年2月8日付で、同人に対する同人が当社から持ち出した営業秘密の利用停止などを求める仮処分命令申立てを行っています。
当社は、当社が営業秘密として上記手続において証拠保全を求めていた電子ファイルが、楽天モバイルが業務上利用するサーバー内に保存され、かつ、他の楽天モバイル社員に対して開示されていた事実を確認しています。なお、楽天モバイルは、これらの電子ファイルについて裁判所および当社に提出後、全て廃棄したと主張しています。
よって、当社は今回の訴訟を通じて、楽天モバイルが同社の不正競争を通じて不当な利益を得て当社の営業上の利益を侵害したこと、また、当該不正競争により建設された基地局等が存在することを明らかにすべく、不正競争防止法に基づき下記の請求を行います。
・楽天モバイルおよび楽天モバイル元社員に対する損害賠償請求(不正競争防止法第4条)
・楽天モバイルの不正競争により建設された基地局の使用差止請求(同法3条1項)および廃棄請求(同法3条2項)
・楽天モバイル元社員が当社から持ち出した電子ファイル等の使用・開示差止請求(同法3条1項)および廃棄請求(同法3条2項)
2021年5月6日ソフトバンク株式会社プレスリリース https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2021/20210506_01/
市場経済社会が正常に機能するためには、市場における競争が公正に行われる必要がある。
したがって、たとえば、競争相手を貶める風評を流したり、商品の形態を真似したり、競争相手の技術を産業スパイによって取得したり、虚偽表示を行ったりするなどの不正な行為や不法行為(民法第709条)が行われるようになると、市場の公正な競争が期待できなくなってしまう。
また、粗悪品(欠陥・不良品)や模倣品などが堂々と出回るようになると、消費者も商品を安心して購入することが出来なくなってしまう。
以上のように、不正な競争行為が蔓延すると、経済の健全な発展が望めなくなることから、市場における競争が公正に行われるようにすることを目的として、同法が制定されているものである。
保護 | 規制行為 | 要件 | 期限 |
営業秘密の保護 | 営業秘密や営業上のノウハウの盗用等の不正行為を禁止 | ・秘密情報に有用性があること ・秘密管理性を有すること ・非公知性を有していること | 期限なし |
デッドコピーの禁止 | 他人の商品の形態(模様も含む)をデッドコピーした商品の取引禁止 | 模倣商品の様態が元の商品と酷似していること | 販売開始日から3年 |
信用の保護 | 周知の他人の商品・営業表示と著しく類似する名称、デザイン、ロゴマーク等の使用を禁止 | ・商品・営業表示に周知性を有していること ・模倣商品と混同のおそれがあること(類似性) | 期限なし |
信用の保護 | 他人の著名表示を無断で利用することを禁止 | ・営業表示に著名性を有し特別顕著性を有すること ・営業上の利益を侵害していること | 期限なし |
技術管理体制の保護 | コピー・プロテクション迂回装置(技術的制限手段迂回装置)の提供等を禁止 | ・技術的制限手段が存在すること ・迂回装置の提供をしていること | 期限なし |
ソフトバンクが楽天と決定的な対立に至った経緯

そもそもの発端は、ソフトバンクから楽天モバイルに転職したネットワークの設計担当者の男性が、不正競争防止法違反(営業秘密領得)で、昨年(2021年)1月に警視庁に逮捕されたことに起因する。
この元社員は約15年間勤めたソフトバンクを2019年12月末に退職して、翌月、つまり2020年1月から、楽天モバイルに転職しているのだ。
そして、辞める直前、ソフトバンクの営業秘密をソフトバンクのサーバーから私用のGメールアドレスにメール添付で送信して持ち出したという容疑であった。
つまり、この容疑者は「ソフトバンクの基地局がどこにあって、そこからどのように電波を飛ばせば全国的にキャリアの電波を普及させることができるか」という究極の企業秘密を持ち出し、楽天にそれを提供し、楽天モバイルが急速に発展できるようにしたという意図が組み込まれているというわけなのである。
さらにこの容疑者は、楽天への就職が決まった際に楽天に対して「(ソフトバンクの)機密情報をうまく持ち逃げ出来たのでがっつりやりましょう!」とLINEでメッセージを送ったものが証拠として裁判で提示されている。
これは邪推かもしれないが、この容疑者はこの条件をもってして楽天から巨額な年俸の提示と内定を勝ち取ったのかもしれない。但し、これはあくまで推測ではあるが・・・
三木谷氏、楽天モバイルの基地局整備「5年前倒し」宣言
なぜ楽天モバイルが携帯キャリアとしてのノウハウが皆無であるはずなのに急速に伸びたのかというと、ユーザー目線からは「単に1Gまでは通信料無料」という謳い文句があったからに他ならないはずである。
電波の普及を急速に展開できたのは、このソフトバンクの効率的な基地局の配置方法を不当に入手したからだとソフトバンクは主張しているのである。
そして、本来であればソフトバンクが享受するはずであった利益が楽天に横取りされたということであるが、楽天モバイルの社長である三木谷氏は、まだこの事件が明るみにでる前に、当初の事業計画を5年も前倒し可能だと宣言。
有価証券報告書虚偽記載とは?
有価証券報告書は、上場企業が投資家に対してその企業の実態を開示する重要な資料となる。
従って、その開示内容は投資家の投資判断に大きな影響を及ぼすことから、「企業内容等の開示に関する内閣府令」によって記載内容が具体的かつ詳細に定められているのである。
有価証券報告書虚偽記載とは、この有価証券報告書の記載内容に虚偽があることを指す。
現時点、上記の公表は楽天モバイルの決算説明会でなされたものであるから、仮に有価証券報告書にも記載があるとすれば株主をも欺いたということになるのではないだろうか。
有価証券報告書虚偽記載の定義
有価証券虚偽記載は、2つに分類することが出来る。
1つは、記載事項に重要な虚偽記載がある場合であり、もう一つは、本来ならば記載が必要であったにもかかわらず、その重要な記載事項の記載が欠けている場合だ。
有価証券報告書虚偽記載に課せられる罰則
有価証券報告書虚偽記載に関して罰則が科せられるのは、その虚偽記載が「重要な事項」に該当する場合である。
「重要な事項」とは、一般的な投資者の視点から、投資者の合理的な投資判断にとって重要な要素となると客観的に判断されるものとされている。
そのような重要な虚偽記載に対しては、金融商品取引法に基づき、取締役や使用人などの個人は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又は併科、当該法人には7億円以下の罰金と刑事罰が定められている。
また、それ以外にも一定の計算式で定められた課徴金が当該提出法人に課せられることもある。
有価証券報告書虚偽記載で罰せられる対象者
このように有価証券報告書虚偽記載が重要であった場合には、当該提出会社(法人)と、その重要な虚偽記載があることを認識していた取締役、監査役、使用人等が、金融商品取引法に基づき刑事罰が科せられることとなる。
有価証券報告書虚偽記載の影響
このように、有価証券報告書虚偽記載に対しては、金融商品取引法に基づき厳しい対応がされることとなる。
そして、その虚偽記載の重要性や悪質性などを総合的に鑑みて、証券取引所のルールに基づき、場合によっては上場廃止となるケースもありうるのである。
監理銘柄指定と上場廃止
証券取引所は、有価証券虚偽記載が発覚又は公表された場合には、その内容を精査するために、また投資家に対して注意喚起を促すために、直ちに監理銘柄に指定をすることになる。
監理銘柄に指定後、証券取引所は規則に基づき審査を行い、その虚偽記載の重要性の大きさや当該提出会社の状況などを総合的に判断して、場合によっては上場廃止を決定することもあり、
上場廃止が決定されると、監理銘柄から整理銘柄となり、一定期間経過後に上場廃止となる。
ソフトバンクの機密情報入手事件が、どのような結果になるのかは現時点では不明であるが、有価証券報告書虚偽記載というものはかなり重い罰則が定められているのである。
個人資産5兆円の男が今後どのような動きをするのかは注目すべきところであると考える。
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